【推し活】今世こそは

「きゃー! 思った通りだけど思ってた以上に可愛い!!」
 そんな風に叫びながら、それでも着替えた双子の妹の写真を撮るのは忘れない。カシャシャシャと連写の音が軽快に響いている中で、最愛の妹……千奈ちゃんは呆れを隠さずに私を見つめていた。
「千奈ちゃん、千奈ちゃん。次はこれ着てみて!」
「また? 私はもう十分だから、いい加減自分の選びなよ、恵麻ちゃん」
「私は大丈夫よ! 私のためというなら、何卒これを!」
「……もう、仕方ないなぁ。これで最後だよ?」
「うわーん神対応!」
 諸手を挙げて喜んでいると、千奈ちゃんは大きな溜息をつきつつも更衣室に戻ってくれた。ごそごそと着替えている音が止むまでの間に、先ほどの連写画像を厳選していく作業に入る。
 粗方選び終えたところで、シャッと更衣室のカーテンが開いた。どれどれと思ってそちらを見遣ったが……想像を遥かに超えてきた妹の姿が現れる。思わず無言で拝んでいると、往来でやめてくれと突っ込まれてしまった。
「だって目の前に想像以上に最高な推しがいたら拝まない?」
「そんなんだから、千奈の姉ちゃんやべー奴じゃんとか言って馬鹿にされるのよ?」
「言いたい奴には言わせておけばいいのよ。そんな周りの言葉くらいで、私の気持ちや行動は変わらないわ」
 少し恰好つけて言ってみると、千奈ちゃんは何とも言えないような表情になってしまった。そんな顔をさせたかった訳ではないので、ぽんぽんと頭を撫でる。それですぐに機嫌を直して、照れたような笑いを浮かべるのは……ずっとずっと変わらない。
(……今世は、双子の姉妹という恐れ多くも一番近しい関係に生まれる事が出来たのだから)
 前には叶わなかった、貴女を最後まで守り抜いて幸せを見届けるという使命を。何としてでも果たすのだ。

  ***

『王女様!? どうしてそんな場所に!?』
『小鳥が巣から落ちちゃってたから、戻してあげようと思って』
 ちゃんと手袋もしてるのよ、とドヤ顔で言っている様は可愛らしいけれども。可愛ければ許されるという問題ではない。
『そういう事は、使用人におっしゃって下さいませ! もっと御身を大事になさって!』
『だって……きゃあ!?』
『王女様!』
 体を滑らせて木の枝から落ちそうになった主君を、間一髪抱き留める。勢いを殺しきれずに二人して地面に転がったが、王女様が怪我をしなかったから良しとしよう。
『……クリスティーヌ様』
『う……ごめんなさい、アルマ』
『次からは、自分でしようとはせず私達を頼って下さいね?』
 少し声のトーンを落として伝えたら、王女様は素直に頷いて下さった。困っている存在を放っておけない、素直で可愛い王女様。絶対に幸せになってほしいし、いつでも笑っていてほしかった。
『良いですね、王女様』
『嫌、嫌よ! お願いアルマ、そんな事やめて!』
『大丈夫ですよ。私たち、恐れ多くも双子だって言われるくらい似ているんです。だから……入れ替わっても、ばれやしない』
『アルマ! あなたが国のために死ぬ事はないの! そう言うのは、私たち王族が』
『国のためだけではありません。他ならぬ、大切な主君のため……それに、簡単に死んでやる気はありませんから』
『無茶よ! 貴女には、戦闘の経験なんて』
『それは王女様も同じでしょう』
 隣国に裏切られて、終わりの日はあっけなく訪れた。王様と王妃様は亡き者にされ、他の王子王女方も殺されたり捕虜にされたりした。そんな中、唯一王族の一員で見つかってないクリスティーヌ様を、隣国の王は血眼になって探している。奴らに捕まれば只では済まないだろう。だからこそ、私が。
『アルマ! 行かないで!』
『これからは貴女がアルマですよ。私……貴女に仕える事が出来て本当に幸せでした』
『いやああぁぁぁぁ!!』
 王女様は、最後まで泣いていた。王様の最期の密命を受けてついてきてくれていた衛兵達がいなければ、しがみつかれて離れられなくて、二人ともその場で終わっていただろう。
「……恵麻ちゃん!」
「ホアッ何!? 天使のお迎え来た!?」
「違うわ。私よ」
「エーン愛くるしい天使なのに違いはなかった……どうしたの?」
「ホームルーム終わった筈なのに、いつまで経っても恵麻ちゃんがうちのクラスに来ないから……心配になって」
「私の心配してくれるなんて天使通り越して女神では?」
「双子の姉の心配なんて、妹なら当たり前にするでしょ」
「双子……本物の双子……良い響き……」
「良く分からない事言ってないで帰ろうよ。今日は駅中のパフェ食べるんでしょ?」
「そうだね、行こう!」
 元気に返事をして、手早く荷物を纏め二人並んで教室を出る。何だかんだ言いつつも嬉しそうな妹の横顔と共に、かつての誓いを心に刻み付けた。

  ***

「……恵麻ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫……」
「どう見ても大丈夫じゃないじゃない。何があったの?」
 心配そうな声音に、ぐっと言葉が詰まる。だけど、何があったのかを話せば理由まで話す事になる……それだけは避けないといけない。
「今月生理が重くて」
「お腹痛いの?」
「お腹と腰と頭が叩き壊されそう」
「痛み止めは」
「昼に飲んだ……まだ四時間経たないから」
「……そっか。それなら夕飯まで寝てて」
 私の嘘を信じてくれたらしい妹は、素直に引き下がってくれた。実のところ、体調自体は何ら問題ない。今大丈夫じゃないのは、もっと別の事が原因だ。
『初めて会った時から、君の事が好きなんだ。僕と付き合って下さい』
 推し活もとい千奈ちゃんをひたすら可愛がってきた私だけども、実はひっそりとある男子生徒に片想いもしていた。私だって、彼に初めて会った時に一目惚れしていた。だから、本当は、私も好きだと伝えて恋人になりたかった。だけど。
『……ごめんなさい。私、貴方とは付き合えない』
 そう告げた瞬間目の前の彼の顔がぐしゃりと歪んだ。好きな人にそんな顔をさせたのが悲しくて、苦しくて、私の視界も滲み出す。
 だけど、どうしても。前世の記憶を思い出した幼稚園の時から、ずっとずっと自分の心に刻み続けてきたのだ。今更『今度こそ最後まで守り抜いて幸せを見届ける』という誓いを反故にして、自分が先に幸せになるなんて、出来ない。
「ごめんなさい……どうか、こんな酷い女忘れて、幸せになって」
 外に漏れないように、布団の中に潜ってぽつりと呟いた。後から後から溢れてくる涙は、そのままにしていた。

  ***

「ぶえええええああああああああああ」
「恵麻ちゃんいつまで泣いてるの……もう式終わったよ」
「だっで……だっで……千奈ちゃんの花嫁姿が本当に綺麗で麗しくてでももう他家に嫁いじゃったんだと思うと悲しみで胸が張り裂けそうで……」
「もう。恵麻ちゃんは変わんないね」
「なんどでもおっじゃいいいい」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、純白の衣装に身を包む最愛の妹の姿を上から下まで何度も眺め倒す。前世では見られなかった幸福の姿を、今世では見られてほんっとうに良かった。勿論、結婚しないで仕事に生きると言うのならば、それはそれで全力で応援したけれども。
「そう言えば千奈ちゃん、旦那はどうしたの」
「先に控室に戻ってるって。そう言えば、恵麻ちゃん宛に彼から言伝預かったんだけど、意味がよく分かんなかったんだよね……そのまま伝えてくれればいいからって言われたんだけども」
「あいつ何て?」
「ええとね……『これからは俺が千奈を守るから、お前はお役御免だ』って。どういう意味か聞いたんだけど、全然教えてくれなくて。恵麻ちゃん分かる?」
「ああ……うん。大丈夫、分かる」
「そうなの?」
「うん。だからね、後で『それはそれとして千奈ちゃんが私の妹なのに変わりはないから、あんたにばかりいい恰好させる気はない』って伝えておいて」
「何なの、二人とも……分かったけど……」
 偶然が偶然を呼んだのか、私たちが高校生の時に前世繋がりがある人が転入してきたのだ。かつての私の仕事仲間で、王女様にひっそり恋をしていて……私が、クリスティーヌを騙って身代わりになろうとしたのを、王女様と一緒に最後まで反対していた衛兵の一人。
 眉間に皺を寄せている妹の頭を撫でながら、披露宴の準備があるだろうと言って送り出す。私の方の準備は化粧直しをするくらいなので、もう少しだけ外の風に当たっていよう。
「……間宮恵麻さん?」
「え? どちらさ、ま……!?」
 振り返った先にあったのは、予想だにしなかった人物の姿だった。かつてのあの日に、好きなのにエゴで告白を断った、今でも忘れられずに好きな相手。
「何で、ここに」
「どうしても、どうしても君を諦めきれなかったから……あの後、妹さんにそれとなく近づいてね。そこで旦那さんになった彼に大まかな事情を聴いて」
「……どこまで聞いた?」
「君たちは前世から繋がりがあって、今の君はかつて叶えられなかった悲願を遂げるために奮闘している所なんだっていう事は」
「それほぼ全部! 結構な機密事項! センシティブな話題! いやマジで何してくれてんのあいつ!」
「でも、それを知ったお陰でさ……長期戦で行けばいいかって方向転換出来たから、彼には感謝してるよ」
「……長期戦?」
「うん。だから、妹さんが結婚してそれを見届けた今なら、勝機はあるんじゃないかと思って来たんだ」
 その言葉に、全身が震えた。まさか、まさか。そんな奇跡が、私に起こっていいものなのか?
「僕は……初めて会った時から、変わらずずっと恵麻さんの事が好きです。今度こそ、僕の恋人になってくれませんか」
 あの時と同じ眼差しが、私の胸を突いた。ずっと抜けなかった後悔の棘が、彼の言葉によってするりと解けていく。
「……はい。私も、ずっと貴方が好きだった。だから、今度こそお受けします」
 十年前に伝えたかった言葉を、たどたどしくも伝えていく。かつて悲しみで歪んでしまった彼の顔は、今は嬉しそうに綻んでいた。