【二刀流】歌って踊れるアイドルですが、今日で引退致します。

「みんなー!? 盛り上がってるー!?」
 そう言って会場のファンに呼びかけると、色とりどりのサイリウムが一斉に瞬いた。それはさながら流星群のようで、この星空が見納めになるのはやっぱりちょっと残念だけども。
「よーし! それじゃ、今度はダンスパーーート!!」
 拳を振り上げながら、大きな声を張り上げる。刹那、会場が暗転して、見える景色がよりリアルな星空に近づいた。
 マイクを黒子に手渡し、自由になった両手をめいっぱいに振って叩いて全身で感情を表現する。文字通りの『歌って踊れるアイドル』としてやっていくために、私はライブでいつも数曲は完全にダンスだけを行うダンスパートを設けていた。
 激しいロック調の曲から一転、次はしっとりとしたバラードに変わる。曲が切り替わった瞬間に、私のダンスも一気にスローになった。
 脳内で歌詞を歌って、指先の一本一本にありったけの感情を込める。今日この日を無事に迎えられて良かった、たとえ今日がアイドル『ミコト』の終わりでも『ミコト』は永遠に生き続ける。苦しい時には思い出して、楽しい時にも思い出して。私は、ミコトは、精一杯に生きるあなたといつも一緒にいるから。
「今日は、ほっんとーにありがとう!」
 ダンスパートが終わったので、もう一度マイクを手に取り会場に呼びかけた。地鳴りのような歓声を、煌めく目の前の星空を、私は一生忘れない。
「それじゃ行くよ! ミコトの生き様、きちんと見届けてね!」
 魂を振り絞って声に乗せて、会場はもちろん世界中を満たす気持ちでラストライブの花を歌う。ここにデビュー曲を持ってきたのは、始めと終わりを合わせるのに憧れていたからだ。
「わたし、ずっとずっと忘れない! みんながいたこと、忘れない!」
 アンコールも全て終わって、心地の良い疲労感と充足感に満たされながら。目の前の星々達も、同じ想いだったらいいなと希う。

「アイドル『ミコト』は永遠不滅!」

 そんな私の掛け声を合図に。いつだって私を導いてくれていた星々達の『ミコト』コールが響き渡った。

  ***

「お疲れさま」
 全てが終わって、一緒に出演した方々とも挨拶をし終えて。少しだけ泣いた後に私服に戻った私を待っていたのは、私を『ミコト』にしてくれた彼だった。
「お疲れさまです。待っててくれたんですか?」
「一旦事務所に帰ったけどね。もうそろそろ帰る頃だろうと思って、迎えに来たんだ」
 柔らかく笑う貴方の表情が、月明かりに照らされている。私を一期生として始まった彼の事務所は、今や多くのトップアーティストを抱える大手事務所へと進化した。
「……私、引退したんですね」
「そうだね。もう『ミコト』を見られなくなるのは、やっぱりちょっと寂しいかな」
「私も、あの景色を見られなくなるのは切ないけれど。でも、どうしてもなりたいものがあったから」
 そこで言葉を切って、じっと目の前の彼を見つめた。まっすぐ受け止めてくれた貴方は、夜空と同じ色の瞳をゆっくりと瞬かせている。
「……私は、もうみんなのアイドル『ミコト』ではなくて、ただの音成美琴に戻りました」
「うん」
「だから、もう、みんなのアイドルでいるために、特定の誰かを作るのを諦めなくても良くなるの」
「うん……そうだね」
「なので、もう一度貴方へお伝えします。私は、ずっと、貴方の事が」
 その先は言えなかった。いつの間にか近づいてきていた彼が、私の事を強く強く抱きしめてくれたから。
「今回は僕から言うよ」
「え?」
「初めて会った時から、ずっと美琴の事が好きでした。一生かけて幸せにするので、僕と結婚してください」
 聞き終えた瞬間、さっきまでとは違う涙がぼろぼろと溢れてきた。惜別の涙でない嬉し涙は、こんなにも熱いものなのだ。
「……勿論よ! 私だって、一生貴方を幸せにしてやるんだから!」
 勝気な性分は、数年経っても変わってくれなかったけど。でも、だからこそここまで来られたんだとも思う。
 彼の手が頬に触れて、涙が指で拭われる。そのまま上を向かせられて、彼の夜空に視線を縫い留められた。
「最高の返事をありがとう」
 そんな言葉と共に、彼の顔が近づいてくる。生まれて初めて触れ合わせた唇は、じんわりと甘い味がした。