【真夜中】真夜中を照らす光

 小さい頃は、暗闇が恐ろしかった。何も見えないのが怖くて、目を凝らしても世界が黒で、飲み込まれていきそうで。だから、毎日夜が来る事に怯えていた。
「ん……」
 ベッドの中で眠っていたら、ふっと意識が浮上した。枕元のスマートフォンを手に取ってスイッチを入れ、今は何時と呼び掛ける。
【午前五時十五分です】
 すっかり聞き慣れた声が紡ぐ時刻を聞き、さてどうしようかと思案する。六時に起きれば良いので起きるには早すぎるが、二度寝するほどではないだろう。
「……そうだ」
 良いことを思いついたので、近くに置いていた筈のイヤホンを手に取った。左右を確認して耳につけ、もう一度スマートフォンに呼び掛ける。
「音声ファイルを再生して」
 言い終わってしばらくしてから、とある音声が流れてきた。会社を興そうと奮闘している、最愛の恋人が歌う声。
『俺が歌っているのを録音して送ってほしい? それは大丈夫ですが』
 俺は特別歌が上手い訳ではありませんよ。そう言う彼に、電話口で巧拙は関係ないのだと一生懸命に告げた。彼が歌う声だから、彼の歌だから、欲しいのだ。例えばそう、今みたいに、電話するのは憚られるけどどうしても彼の声を聴きたい……そんな時に気兼ねなく聞けるように。
 彼にリクエストしたのは、以前カラオケに連れて行ってもらった時に一緒に歌った歌だった。彼のスマートフォンで録音してもらい、データの転送サービスを使って転送してもらって。妹に頼んで送られてきたリンクからダウンロードしてもらい、自由に再生出来るように設定してもらった。
『君は弱くなんかないだろう。進め! あの七色の架け橋を』
 技術的には、可もなく不可もなくという所なのだろう。大きく音程が外れている事はないけど、どことなく慣れていない感じが漂っている。
(……それでも、それでも)
 他ならぬ彼の声だから、私にはどんな音楽よりも好ましく思えた。少し低くて、落ち着いていて……でもたまに、焦っているのが分かって可愛らしいなんて思うような、愛しいあの人の声で紡がれる歌。

 視力を失って常に視界が暗く閉ざされるようになった私を、照らしてくれる一等星。