あなたと共に戦場を

 ばたばたと廊下を駆ける。すれ違う人々が何事かと振り返ってきたが、構っていられる余裕はなかった。
(どうして、どうして)
 その四文字が絶え間なく脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。それ自体は嬉しいのだ。嬉しい、の、だけれど、腑に落ちない。だって、私以外の候補者の方が才能も経験も桁違いだったろう。駆け出しの私を選んでは、あの人の負担にしかならないだろう。それなのに、どうして。どうして、あなたは。
「失礼します!」
 走ってきた勢いのままにその部屋の扉を開けた。振り返ったあなたの紺碧がこちらに向いて、あなたの漆黒が揺れた。
「ん? どうした?」
「質問、が……! あって、参り、ました!」
「そうか。それなら入って来ると良い」
 ふふっと笑いながら迎え入れてくれたあなたは、いつもと変わらない様子だった。いつもと変わらず、そう……私が憧れた、あの日のあなたのように。
「どうして……どうして、私を、コンビに選んでくれたんですか?」
 わざわざ私を選択して下さった恩人に、そんな事を聞くのは失礼だと言うのは重々承知だ。だけど、納得のいかないままでは禍根が残って迷いが出る。迷いが出れば、きっと、取り返しのつかない事になる。私たちが向かうのは、そんな戦の場なのだ。
「どうしてって、そりゃ……」
「そりゃ?」
「僕が、君を気に入ったからだ」
 あなたが、私を気に入ってくれた。その言葉が、私の全身を歓喜で震わせた。尊敬している人に、自分の何かが気に入ってもらえた。それは嬉しい。嬉しい、けれど。
「……どうして」
「んー?」
「どうして……私を、気に入って下さったんですか? だって、私は……」
 まだまだ未熟だ。目の前のこの人と同じように輝きたいと思って、一緒に戦場に立ちたいと思って訓練してきたけれど、同じように名乗りを上げた方々より才能も実力も戦闘経験も乏しい。もちろん、迷惑をかけないように、頼ってもらえるように、さらに努力するけど。でも、即戦力となる事が出来る人の方が、この人のためになったのではないのだろうか。
「君がまだ若くて、戦場慣れもあんまりしていなくて、だからどうしてというのは何度も聞かれたよ。僕らしくない結論だ、と笑う人もいたね」
「それなら、尚更どうして……」
 その後が続かない。何故と問われるだろう事も、笑われるだろう事も気づいていただろうに。それを凌駕する程の何かが、本当に私にあるのだろうか。
「……君は」
「私、は?」
「……君は夢を叶えようとして、一歩を踏み出した。勇気ある決断をした君を、君の成長を、間近で見ていたくなった。だから君を選んだ」
「勇気、なんて、そんな。私は、ただ、この機会を逃したら次はないだろうって、そう思ったから……だから、身の程知らずと、思ったけれど……」
 身の程知らずと、陰で言っている人がいたのには気づいていた。力量も経験も足りないのに、早計だって、危ないからやめてって、家族からも言われた。だけど、一度コンビを組めばそうそう解消できない。
 だから、一か八かの勝負に出る事にした。戦場で縦横無尽に武器を振るうあなたに憧れたから。あなたみたいになりたいって思ったから。撤退したといって隠れて悲痛そうにしていたあなたを、間近で支えたいと思ったから。一緒に戦って、守って、そんな顔をさせないようにしたいと、得意そうに笑っていてほしいと思ったから。
「そんな現状を分かっていて、それでも、君にはそれを超える程の強い思いが、情熱があった。その情熱のままに可能性を信じた。それは、懸命に努力してきた君なればこそ持ちえた力だ」
「……」
 信じ切れたわけじゃない。信じていたというよりは無我夢中だっただけだ。弁明みたいな事を告げてしまったけれど、それでも目の前の人は目を細めて満足げに笑っていた。
「そんな若さに、ひた向きさに絆されたんだ。そんな君を信じて導く事が出来れば、僕も更に邁進できる」
 そこで言葉を切った彼がゆっくりと立ち上がった。動けないでいる私の方まで近寄ってきて、ぽんぽんと頭を撫でられる。
「そんな訳だから、決定を覆す気はない。明日からは、気合入れて頑張るんだよ?」
「……はい! よろしくお願いします!」
 やっぱり、ちょっとだけまだ不安だけど。怖気づきそうで、腰から下が震えているけれど。だけど、きっと、この人とともに歩んでいけば大丈夫だ。
 気合を入れるのと、これからお願いしますという意図を込めて、そっと右手を差し出してみた。すると、意図に気づいてくださったらしい彼は……力を込めて手を握り返してくれた。