20260503参加イベント無配ポスカ掲載SS

 叶わない恋をしていた。
「あのね、庭の桜が咲いたのよ」
 顔の傷のせいで、目つきが鋭いせいで、周りから遠巻きにされていた俺にも。屈託なく笑って話しかけてくれる彼女に、何度救われた事だろう。
「新しい着物を仕立ててもらったの。どうかしら?」
 首を傾げて問い掛ける彼女へ、何とか一言絞り出して返事をした。似合っているという俺の言葉を聞いた彼女は、花のように美しく笑っていた。
「……本当に良いんだな? 生きて帰れるかも分からないんだぞ?」
「構いません」
 しがない一兵卒の俺が、国を治める領主の一姫と結ばれる未来なんて存在しない。頭では分かっているけれど、感情は追いつかなかった。だから、もう、俺はここにいない方が良いのだ。
 そんな訳で、今だ情勢が不安定な国境沿いの町へやってきた。他国に攻め込まれれば反撃し、賊がやってくれば退治して。そうやって国境を守っている間に、顔に残っている傷以外にも沢山の傷が出来た。
(……確か今日だったな)
 恋焦がれ、想い焦がれた姫様の輿入れは。何年も色褪せぬ笑顔が脳裏に浮かび、心の中が祝福と嫉妬でないまぜになっていく。
 外の空気に当たろうと思って窓を開けると、何やら門の辺りが騒がしい事に気づいた。また何か問題が起きたのだろうか。放置する訳にはいかない……今の俺は、この町の兵士長なのだから。
「見つけた!」
「――っ」
 門の外に、焦がれて止まない彼女がいた。美しい着物を着て、長い髪に髪飾りをつけて、何ら変わらぬ笑顔のままだった。
「なん……で」
「嫁ぎに来たの」
「誰、に」
「貴方に決まっているじゃない。ほらこれ、父さまの書状」
 そう言って手渡された書状には、確かにそんな事が書かれていた。俺の功績を称えて一姫を添わせる、大事にするように……こんな、事が、あっていいのか。
「貴女は、良いんですか?」
「どうして?」
「こんな……身分も低い、顔にも体にも醜い傷がある、風流も解さない武骨な男なんて」
「良いのよ。貴方が良いと思ったから、ここまで来たんだもの」
 化粧を施された彼女の顔が、柔らかく綻んでいく。袖の裾を掴まれたと思ったら、彼女ががばりと俺の胸元へ抱き着いてきた。
 叶わない恋の、はずだった。