しばらく道なりに歩いていたら、あの日かんざしを買った店に無事ついた。早速中に入り、商品を物色していく。
「桐鈴、これとかどうだ? 似合いそうだ」
「桜色ですか。素敵ですけど、私の髪色はあれですから……」
人前に出る時は仙術で黒髪黒目に見せているが、本来の私の色彩は紫髪に翡翠目である。今回買ってもらうかんざしは家の中や天界で使おうと思っているので、本来の色合いに似合う物が欲しい。
「そう言えばそうだったな。なら、はっきりした色の方が良いか」
「そうですね。強めの紅か、青か……桜系統の色も、濃ければ大丈夫かもしれません」
「なるほど。それならこの辺りは」
「良さそうですね」
弦次さまが指さした場所に置いてあったのは、ずらりと並んだ色とりどりのかんざしだった。どれも基本は木で出来ていて、半分くらいは石や金属の飾りがついている。前のかんざしに付いていた揺れる飾りが気に入っていたので、似た形の物はないだろうか。
「……これ良さそう」
「どれだ?」
間髪入れずに尋ねてきた弦次さまに苦笑しつつ、手に持っていた一本を彼の目の前に差し出した。軸の部分は表面を磨いた木のままだが、つけられている飾りが揺れる形で色も三、四色くらいある。
「……地味と派手の中間くらいだな」
「あんまり率直過ぎる感想も考えものですよ。飾りが房みたいに垂れ下がっていて、華やかじゃないですか」
「それはそうだが、軸の部分にもうちょい色があっても良いんじゃないかと思ってな」
「私が軸に求めるのは何よりも丈夫さですので。これは太めに作ってあるので頑丈そうで良いです。気に入りました」
「そうか……そういうものか」
ふうむと顎に手を当てて眺めている弦次さまを眺めながら、そう言えばこの人は高官の息子だったなと思い出した。幼い頃から上等で煌びやかな衣装や装飾品を見てきただろうから、庶民向けのものは物足りなく見えるのかもしれない。
「うん。飾りを揺らした時の音も綺麗だわ。これにします」
「桐鈴が気に入ったならそれにしよう。他には欲しいのあるか?」
「欲しいかはさておき、商品はまだ見たいです」
「分かった。それじゃあ今度は反対の棚を見るか」
そうおっしゃった弦次さまに手を引かれて、該当の棚に連れていかれた。こちらに置いてあるのは、軸が金属で出来たかんざしらしい。きらきら光っていて美しい物が多いが、つるつると表面が滑るので私が使うには難しそうだ。きっちり結い上げた後に飾りとして挿すだけならば大丈夫だろうが、そこまでして飾り立てる必要がないので持て余してしまうだろう。
(……これ、姉さまに似合いそうだわ)
分かってはいてもちょっと残念……と思いながら物色していると、くすんだ金色に青い飾りがついたかんざしを発見した。軸が細身なので全部の髪を纏めるのには向かないだろうが、姉さまは最後の飾りとしてもかんざしを使うので役に立つだろう。
「それも気に入ったなら一緒に買うぞ」
「気に入ったのとは少し違います。姉さまに、似合うだろうなと思って」
「姉君にか。いいぞ、一緒に」
「え……でも」
「遠慮する事はない。名誉挽回の機会は逃さない方が良いかと思っただけだ」
「名誉挽回?」
「姉君にとって、俺は大事な妹を卑怯な手を使って掻っ攫っていた憎い男だろう。だから、そういう気遣いも一応出来るんだと示すのも大事かと」
そんな事を言われて、どうしたものかと考え込む。確かに弦次さまの推論は当たっているので、贈り物で懐柔作戦もありとは思うが……自分以外の男から贈られたかんざしを姉さまが使うというのを、あの義兄が許すだろうか。
「……いえ。これは『妹からの贈り物』という形で姉さまに渡したいので、私が自分で買ってきます」
弦次さまの青い瞳を見上げながら、正直にそう告げる。あの義兄を敵に回して、弦次さまに何ぞ危害が及んだら洒落にならない。
「そうか。桐鈴がそう望むなら」
優しい声が降ってきて、ぽんぽんと頭を撫でられた。ありがとうございますとお礼を言って、店員に声を掛ける。それぞれの会計をしてもらって、かんざし店を後にした。
***
「もうこんな時間……急いで夕飯を作りますね」
居間に置いている時計を確認すると、暮れ六つを過ぎていた。今からがっつりと食べる必要もないので、ご飯と汁物に漬物くらいで良いだろうか。
「俺も手伝おう。米を炊くから、汁物をお願い出来るか」
「ありがとうございます。具を多めにして、ごはんと汁物だけで済むようにしても構いませんか?」
「大丈夫だ。動いて汗をかいたから、少し味が濃い方が良いな」
「分かりました。いつもより気持ち濃いめで作りますね」
段取りを確認し、それぞれの作業に入る。具を切っている時に髪がほどけて落ちてきたので、纏め直すために一旦手を止めた。
「桐鈴?」
「すみません。髪がほどけてしまったので」
「ああ、そういう事か……そうだ」
「何ですか?」
「せっかくだから、今日買ったかんざしを使ってみたらどうだ? 使っているところを見たいし」
「でしたら、夕飯の後にお見せします。今は夕飯作りが優先です」
「……そうか」
声が残念そうだが、私はお腹が空いているのだ。着飾って恋人に褒められたいという欲求も、食欲の前には負けてしまうものだろう。
「そちらはどうですか?」
「順調だ。おこげつけるか?」
「少しだけ」
「わかった」
会話をしている間に纏め終え、しっかりとかんざしを挿す。少し頭を振って確認してみたが、きちんと留まっているようなのでこちらの作業も再開した。
無事に夕飯が完成し、二人で手を合わせて食べていく。ビワは待ちくたびれて寝てしまったようなので、明日の朝ご飯を豪華にしてあげよう。
「ん、美味しい」
「良かったです」
「あの短時間でこんなに美味しい食事を作れるのだから、桐鈴は凄いな」
「褒めても何も出ませんよ」
「出るだろ。桐鈴が嬉しそうに笑んでくれる。俺にはそれで十分だ」
「……そうですか」
冷ました汁物を飲んでいる筈なのに、やたらと顔が熱い。弦次さまは予告無しにそんな事を言うから、本当に心臓に悪い。
「おかわり要ります?」
「いや、今日は大丈夫だ。明日の朝たらふく食うとしよう」
「分かりました。では片付け始めますので」
「……片付けは俺がやるから、桐鈴は準備してくると良い」
「準備?」
「今日買ったかんざしをつけてみせてくれるという約束をしただろう。俺が片付けてる間に、つけてきてくれると嬉しい」
なるほど、そういう事か。弦次さまの言動が腑に落ちたので、片付けを任せて自分の部屋へと向かった。丁寧な包装を解いていき、取り出したかんざしを使ってもう一度髪の毛を結い直す。
支度を終えて居間に戻ると、弦次さまは既に片づけを終えていたらしくどっかりと座っていた。向けられている背中が大きくて広くて、私の目に頼もしく映る。こんなに安心できる人と一緒にいられるのならば、きっとこれからも平和に過ごせるのだろう。
「弦次さま」
そう呼び掛けると、彼がゆっくりこちらを振り向いた。青い瞳がまじまじとこちらを見つめてきて、鼓動が早くなっていく。手招きされたので逆らわずに近づいたら、一気に距離を詰められた。
「どうですか?」
「…………」
私を見つめてくる目が熱っぽくて、その青が一心にこちらへ向けられているので、負の感情は抱かれていないのだろうけれど。でも、せっかくつけてきたのだから、きちんとした言葉が欲しい。
「黙っていては分かりませんよ?」
弦次さまに擦り寄って、そっと彼の袖を掴む。囁くように尋ねると、彼の両腕にしっかりと抱き締められた。
「…………すごく」
「すごく?」
「すごく似合っている。綺麗だ」
彼らしい、飾らぬその物言いが。まっすぐに私の心を打ち、てらいのない愛情がこの体に染みていく。喜びのまま彼に口づけると、彼も同じだけの愛で応えてくれた。