(……あんな風に言い返す必要なかったよな)
先程の喧嘩を思い出して、何回目か分からないため息をつく。一旦離れて冷静になれば、明らかに非があるのは自分の方だと分かるのに。休日に仕事をするんじゃない……そう言っていた佳奈の方が間違いなく正論だ。
謝らなければならないのは理解している。だが、生憎二人ともそんな素直な性格はしていない。けれども、このままでは折角久々の丸被り二連休が台無しだ。
「……物の力を借りよう」
険悪な雰囲気のまま本題に入ろうとするから失敗するのだ。まずは佳奈が喜んでくれそうな物をプレゼントし雰囲気を和ませてから切り出せば、上手くいくはず。
そんな訳で、洋菓子店のパンプキンパイを買った。綺麗にラッピングしてもらい、特別感を出す。これで準備はばっちりだ。
「ただいま」
様子を伺いながらリビングへと向かう。ドアを開けて中に入った瞬間、潤んでいる黒目がこちらに向けられた。瞼が腫れているという事は、泣いていたのだろうか。
久々に泣かせてしまった、という事実のせいで足が止まってしまった。そんな俺の様子に構わず、佳奈は立ち上がりこちらに近づいてくる。
「……トリックオアトリート」
少しだけ掠れた声が、聞きなれた呪文を紡ぐ。渡せるお菓子はあるが、ここは敢えていたずらを受け入れた方が良いだろう。
「すまないな。お菓子は持っていないんだ」
パンプキンパイをテーブルに置き、両手を上げてそう嘯く。そんな俺の返答を聞いた佳奈は、にやっと口角を上げた。
「それじゃあ遠慮なくやってあげる。お菓子持ってないんだから仕方ないよね?」
楽し気に話す佳奈の顔には、すっかり笑顔が戻っている。やっぱり笑うと可愛いんだよなぁなんて事を、本気の締め技を受けながら考えていた。