「頼まれてた繕い物終わったよ」
そう言って、彼のマントを手渡した。マントの持ち主であり私の主でもあるハルトは、ありがとうと言って受け取ってくれる。
「後は何がいるかな。歯ブラシとか魔具とか?」
「他の日用品や魔術用品は全部準備したから大丈夫だ。後は当日弁当を作ってもらえると助かるかな」
「分かった! 二人分だから、大きい方の弁当箱を出しても良い?」
「……一人分で十分だぞ?」
「何で? ハルトと私の分でしょ?」
「俺の分だけだが?」
刹那、世界が止まる。会話を反芻して、理解して、納得は出来なくて掴み掛る。
「何で!? 私はハルトの使い魔でお嫁さんなんだよ!?」
「そんな事は町中の誰もが知ってる事だろう」
「それなら、どうして私は留守番なの!? 今回の遠征は調査がメインだけど戦闘になる可能性もあるって話だったでしょ! 私も居た方が戦力になる!」
「それは違いないが、今回は他にも手練れの魔術師がいるから大丈夫だ」
「でも!」
尚も食い下がろうとする私の手をやんわりと握られ、ぽんぽんと頭を撫でられる。ハルトの顔を見上げると、彼の唇が私のそれに軽く押し当てられた。
「手練れの魔術師が俺と一緒に行くという事は、この町の守りが手薄になってしまうという事だ」
「……つまり、私はここに残って町を守れって事ね?」
「そういう事だ。今は治安も安定しているし、数日なら残った魔術師とリリアムだけでも大丈夫だろう」
「しょうがないわね。分かった」
そう言って両手を広げてみせる。意図を察してくれたハルトは、私の背中に腕を回した。
「ありがとう」
ぎゅうぎゅうと抱き締められて、頬と額に彼の唇が何度も触れる。相変わらず言葉は淡々としているが、行動には出してくれるので許してあげよう。
「でも、使い魔の本業は主のサポートよ。万が一、億に一、ピンチに陥った時は必ず呼んでね」
「勿論さ。それがあるから、安心して行けるんだ」
そこまで言ってくれるならば、もう何も言うまい。こちらからも抱き返して、互いの距離をゼロにする。
明日のお弁当には、彼の好物を敷き詰めようと決意した。
***
「そうは言ったってねぇ。こんな可愛い嫁御を置いていくなんて、魔術師様は本気かね」
「私なら言い寄られても相手を撃退出来るし、信頼してくれてるって事だからね。まぁ、悪い気はしないわ」
「そうかい。リリアムちゃんが良いなら良いんだけどさ」
「心配してくれるのね。ありがとうマーサさん」
お礼を言って笑ってみせると、彼女も柔らかな微笑み返してくれた。町で唯一のパン屋さんを営むマーサさんからは、今日もパンの良い匂いがする。
「それじゃあ行くね。次はドリアンさん家の屋根の修理を手伝う約束してるのよ」
「手伝ってくれてありがとうね。これ持ってお行き」
「ありがとう! 今日の昼ご飯に……!?」
突如爆発音が聞こえ、周りから悲鳴が上がった。取りに戻るから預かっていてとマーサさんに伝え、部屋の中に促す。呪文を唱えて戦闘モードに入り、音がした方へと向かった。
「リリアムちゃん!」
「向こうの林から聞こえたわ!」
「分かった! 私が見てくるから皆は家の中に!」
心配そうに見つめてくる皆に返事をし、全方位へ注意を向ける。全員が家の中に入った事を確認してから、件の林の方へと向かった。
「低級悪魔の群れか……数が多くて面倒だな」
ざっと見た感じでも数十はいそうだ。こんな数の悪魔に暴れられたら、林は荒れに荒れてしまうだろう。そんな事になれば果物や木の実の採集に影響するので、全部追い払わないといけない。
「吹き飛べ!」
簡易詠唱で雷と風を呼び、片っ端から林の外へ追い出していく。しかし、吹き飛ばしても吹き飛ばしても何処からともなく新規勢が現れ、群れが形成されてしまう。新しい仲間が現れる度に、中級程度の悪魔も混ざるようになってきた。
(……持つかな)
簡易版とはいえ連続的に魔術を使っているので、流石の私も疲労が溜まっている。効率は良くないけど、手頃そうな木からドレインしようかと思って物色を始めた瞬間――ずっと焦がれて待ち望んでいた気配が戻ってきた。
「ハルト!」
大声で呼びかけると、箒に乗ったハルトが一直線に飛んできてくれる。そして、ぎゅうっと肩を抱いてくれた。それだけで疲労が楽になるのだから、現金なものである。
「消し飛べ!」
ハルトの声が響いた瞬間、大量にいた悪魔達が一瞬で林の外へと吹き飛ばされた。そして、次々に魔界へ強制送還されていく。
「リリアムは大丈夫か?」
「大丈夫。お帰りなさい、ハルト」
「うん。ただいま」
ハルトの腕が私へ伸びる。しっかりと抱き締められ、安堵と幸福で一杯になった。