第一話

 

『彼女と目が合ったその瞬間、雷に打たれたような衝撃が俺を襲った』
 手垢に塗れた表現である事は重々承知している。だが、本当にその位の衝撃を受けたのだから、仕方ない。
「互いの両親が望んでいますから、きっと私たちはこのまま婚約して結婚……という流れになると思います。誠さんは、それでも大丈夫ですか……?」
 美しい漆黒が僕を捉え、不安げに見上げてきた。潤んでいるその瞳が、鈴のような声を奏でる口元が、俺の視線をこれでもかと引き留める。
「俺には恋慕う人も恋人もございませんから、問題ありません。貴女こそ……沙織さんこそ、相手が俺で大丈夫ですか」
 目の前の佳人は、俺よりもだいぶ年下だった。高校二年生と言っていたから、九つは下である。女子高生からしてみれば、二十五を超える男は皆一律におじさん扱いになってしまうのではないだろうか。
「……私、も。問題ありません、から、お話を進めていただいて、大丈夫……です」
 恥ずかしげに頬を染めつつ、鈴の音が幸福を紡ぐ。はっきりと本人からの了承を得たその瞬間、俺の脳内で鐘が鳴り響いた。

  ***

「どうした、グルメ雑誌なんて見て」
 連絡先は無事に交換できたので、さっそく次の約束を取り付けるべく店を物色していたのだが。取引先や同僚、友人らの場合とはかなり勝手が違うので、店選びに少し行き詰っていた。
「……先日、見合いをしたと言っただろう?」
「言ってたなぁ。気が進まんとか言ってた割には、次の日に花を撒き散らしてるかのような浮かれ顔で出勤してきたから……変な薬でも打たれてきたのかと心配したぜ」
「まぁ、彼女にはそのくらいの魅力があったから、彼女中毒のようになっていたんだ」
「その言い方はねーだろ。その彼女に謝れ」
「彼女は驚いていたけれども礼を言ってくれたぞ。そんな風に褒められる事はなかなかないからありがとうございます、とな。やはり心の美しさが外見の雰囲気ににじみ出てるからあんなに美人なのだろう」
「社交辞令以外の何物でもないわ! 高校生に気を遣わせてどうすんだよ!」
「そう、彼女が高校生の未成年なのが悩みの種なんだ。未成年だから、選ぶ事の出来る店が限られる」
 初めて会った日に、年が少々離れているのは支障ないと言ってくれていた。だけども、それはあくまでも『俺たち二人が結婚するにあたっては、どちらも年齢は気にならない』というだけで、こうやって出かけるとなるとそうはいかない。良識ある大人でいなければ、きっと彼女は俺の手からさらさら零れ落ちるようにいなくなってしまうのだ。
「……状況的に居酒屋ってのも憚られるな」
「そうだな。居酒屋はもっと親睦を深めてから、ファミリー層が多い時間帯を狙っていく必要がある。もちろん、彼女が行ってみたいというのならば一向に構わないが」
「向こうもお嬢さんなんだから、無難に高級ホテルのディナーとかでもいいんじゃないか?」
「逆に普段通り過ぎて面白くないかもしれないだろう。新鮮な場所に連れて行ってこそ、甲斐性のある男というもので」
「……それなら、好きな食べ物とか興味あるものとかを聞いてから考えた方が良いんじゃないのか」
「やはりそうか……彼女の手を煩わせる事無くスマートに事を運びたかったんだが」
「何言ってんだよ。そういう会話を丁寧に積み重ねていくからこそ、互いへの信頼や愛情が深まるんだろうが」
「……ふむ」
「一目惚れした結婚相手なんだろ? そんなら猶更、他の人間よりもそういう積み重ねが大事な相手のはずだ。メールでも電話でも何でもいいから、とりあえず一言好きな食べ物は何ですかと聞いてこい」
「……流石、周りを巻き込んだ大恋愛の末に学生結婚した奴の言う事は違うな」
「それは今関係ねぇ!」
 心からの賛辞のつもりで言ったのだが、当の本人には丸めた書類で頭を叩かれてしまった。