「そう言えば、いつから変えたの?」
まだまだ体力が戻らないため、ミラが移動する時は基本車いす移動である。本来は自動で動くのだが、あなたに押してほしいといって甘えられてしまっては、断る訳にはいかない。
「何を?」
「一人称。私の前では前みたいに僕って言っているけど、研究者の皆さんの前では俺って言っていたわ」
「ああ、それか」
確かに、彼女なら不思議に思うのも当たり前だろう。二十年前までは、僕は『俺』という言い方はしていなかった。
「変えた、というか……みんなの前で『僕』と言わなくなったのは、ミラが眠ってからだよ」
「どうして?」
「……強くならなければいけないって思っていたんだ。かの英雄みたいにミラを助けるには、強くあらねばならないって思ってね。それで、僕にとっての強い人が使っている一人称を使う事で、形から入ったんだ」
「ふうん……そうなの」
そう答えたきり、彼女はしばらく黙り込んでしまった。見栄っ張りだと呆れられてしまったのだろうか。沈黙に焦りを感じて、思わず彼女の名前を呼んでしまった。
「大丈夫よ、形から入るっていうのは、いうなればお化粧みたいなものだわ。そういう武装は大事だと思うし」
「そう? ミラがそう言ってくれるなら安心だけど」
「でも、それなら、私の前ではずっと『僕』のままでいてね」
「……うん? 何で」
「だって、俺って言っている時のカイトスは気を張っている時って事でしょう? 私の前では気を張ってほしくないもの」
「ああ、そういう事」
「そうよ。そんな事しなくたって、カイトスは、もうずっと……私達が出会ってからずっと、私の英雄だもの」
最上級の愛の言葉に、一気に耳まで顔が火照る。こちらを見上げる彼女の頬も、照れなのか鮮やかな紅色に染まっていた。
「……カイトス」
名前を呼ばれたので、彼女と目線を合わせるために腰を下ろす。ん、と両手を突き出されたので、彼女を車いすから降ろして抱き上げた。
「カイトス、カイトス、私のペルセウス」
「ミラ、ミラ、僕のアンドロメダ」
彼女に愛を告白した時からずっと変わらない、彼女への『愛している』を表す言葉を、抱き上げているミラへ告げる。 互いの温もりを分かち合い、口唇同士を触れ合わせているその間。柔らかな風が、僕ら二人を祝福するかのように撫でていった。