エピローグ

 

「起きているか?」
 部屋の外から呼びかけられたので、椅子から立ち上がり迎えに行く。お昼ぶりに見た旦那さまは、すっかり憔悴した様子だった。
「お疲れのようですね」
「揃いも揃って無茶ばかり言う。何度叩き出してやろうかと思った事か」
「でも我慢されたのでしょう?」
「それは、まぁ。逆上されて心春に危害を加えられたら、たまったものではない」
 つらつらと会話をしながら、寝台の方へと手を引かれる。そのまま掛布団の上に座らせられて、秋満さまの頭が私の太ももの上に乗せられた。
「……まだ胎動は聞こえないか」
「まだ四か月いくかいかないかですし」
「だけどほら、神と人間の混血だし人間よりも成長が早いかもしれないだろう」
「神界で集めてきた資料によれば、左程変わらないみたいです」
「そうか……」
 残念がりつつも、秋満さまはちゃっかり私の腰に両腕を回してお腹に顔を埋めている。それなら私の方は私の方で好きさせてもらおうと思い彼の髪を撫でていると、秋満さまは仰向けになって視線を向けてきた。
「資料を集める際に、お祖母様に報告したんだったか」
「はい。驚いてはいましたけれど、私が幸せならそれで良いと」
「それなら良かった」
「あと、子育てに役立ちそうな物を友神たちと一緒に贈るとも言ってました」
「……」
 秋満さまの赤紫が明後日の方を向いた。ぱたぱたと彼の顔の前で手を振って、彼の意識をこちらに取り戻す。
「……お礼は何柱分準備すればいいんだ?」
「一、二……お祖母さまを入れても片手で数えられる位かと」
「それでも下手な物は贈れない……予算が足りるだろうか」
「物の価値は分かる方々ですが、贈り物にけちをつける方々ではないのでそこまで気負わなくて大丈夫ですよ」
「でも、お祖母様にとって、俺は可愛い孫娘を地上に攫っていった悪い男だろう」
「嫁を貰う事を攫うと言うのならば、世の中誘拐だらけですよ。不義理が気になるならば、落ち着いたら一緒に神界に行きましょう」
「人間が行けるものなのか?」
「下準備をきちんとすれば、基本的には大丈夫ですよ。まずは、この子を無事に産んでからですね」
 まだ平らな自分のお腹をそっと撫でる。間宮家の存続を考えるならば早いに越した事はないから、思ったよりも早く懐妊出来て私はほっとしたけれど……秋満さまは、報告時に何故か微妙な顔をしていた。子供は欲しくなかったのかと思って心配していたのだが、もう少し夫婦二人の生活を楽しみたかったと言う理由から来た態度だったらしく、大人げないと阿倍野さんとキヨさんに叱られていた。
「そうだな。やるべき事はまだまだ沢山だ」
「でも、きっと、何とかなりますよ」
 貴方と一緒なら。成り行きは偶然だったけれど、心からそう思える人と出会えて私は幸せ者だ。何度も何度も挫けそうになったけれど、今まで生きてきて良かった。
「ああ。心春がいてくれるなら大丈夫だ」
 嬉しい事を言ってくれながら、秋満さまが起き上がる。躊躇いなく降りてくる唇を受け止めながら、じんわりと幸福に浸っていた。