「そう言えば、王女様の方の御用件は何ですか?」
無事に応接間に引き上げ、紅茶やスコーンを準備し直して。さあ仕切り直しだと意気込んだタイミングで、ラリマール様にそう切り出された。分かりやすく肩を跳ねさせた私を心配して下さったらしい彼へ、大丈夫だと返答する。
「……あの」
「はい?」
「貴方は、どうして……」
「どうして?」
「……私と見合いがしたいと、申し出て下さったのですか?」
同じ内容の質問自体は、過去の見合い相手にも何度かしている。繰り返している質問の筈なのに、どうしてこんなにも緊張しているのだろう。
予想外の羞恥に苛まれながらも、聞いているのはこちらなのだからと思って気合いで彼の方へと視線を向ける。目が合ったラリマール様は、一瞬で頬を赤く染めた。
「ええと、その……それはもちろん、貴女と結婚したいと思ったからですけども……」
「私が王女だからですか? 王女を妻に出来れば、貴族として箔が付きますし」
そう聞きながら、彼の様子を先程以上に注意深く観察した。こういう場ではっきりと肯定する人はそうそういないが、態度でそう語っている人はそれなりにいたのだ。
けれども、ラリマール様は間髪入れずにぶんぶんと首を横に振った。あまりにも勢いが良いので、脳震盪を起こさないかと心配になってしまったくらいだ。
「違います! いえ、あの、貴女が王女であるという事を否定するつもりはありませんが、俺が結婚したいと思った理由に影響した訳ではなくてですね。身分とか容姿とか成績とか、そういうのでなくて、もっと単純な理由というか」
「単純な理由?」
「そうです。貴女は、その…………てくれたから」
「私が、何を?」
「貴女は……俺の話を最後まで聞いてくれたから」
「……え?」
そんな事で? と思ってしまったが、私に言えた事でもないだろうと思い直して気づかれぬように首を振る。私だって、彼が楽しそうに研究について話していた、その時の笑顔が好ましかった、それだけの理由で好感を持ったのだ。どっちもどっちだろう。
「そ、う、でしたか」
「……小さい頃から両親や兄達は忙しそうにしていたし、使用人達は両親や兄達にかかりきりだったので、俺は一人でいる事が多かったんです。だから、両親や兄達と話す機会が訪れた時は嬉しくて一生懸命話すんですけど、忙しい人達だから最後までは聞いてもらえなくて。引っ込み思案で人見知りする性格も相まって、学校でもほぼ一人でしたし」
「当主や当主夫人、嫡男ともなれば予定は多そうですものね。二番目のお兄様は陸軍学校に通われていたと聞いているので、そちらはそちらで多忙だったでしょうし」
「下兄さんの通学事情までご存じなのですか? 王族の方というのは、そこまで広く国民の事情を知ってらっしゃるのですね。凄いです」
「……ありがとうございます」
ラリマール様は感心したように言って下さるが、私がそこまで知っているのは見合い相手である彼の素性を徹底的に調べ上げたからだ。なので、そうやって凄い事のように言われてしまうと申し訳ない気持ちになってくる。
「ラリマール様?」
もう一つくらいスコーンを食べても大丈夫かな……と思って物色していたら、ラリマール様のブルーの瞳がまっすぐこちらを見つめているのに気づいた。どうしたのだろうかと思って名前を呼ぶと、何故か彼の表情が神妙なものになる。
「……王女様は、王立大学への進学を決めてらっしゃるのですよね?」
「ええ、はい……そのつもりですけれど」
「まずは謝罪致します。俺はそれを知っていたのに、今日の見合いの約束を取り付けました」
「そんな、貴方が謝るような事ではないですよ」
「俺の話を嫌な顔一つせずに最後まで聞いてくれて、専門用語も結構使ったのに話に付いてきてくれて、最後は話が聞けて良かったって笑顔で言ってくれて……それが本当に嬉しかったから、どうしても、この人と結婚したいって思って」
今までよりも少々掠れたような声だったが、それでも彼ははっきりそう口にした。結婚するならば私が良いと言ってくれた。王女とか見た目とか、そういうの関係なしに。
「女性へのアプローチなんてした事ないから、どうすれば良いのかは分からなかったんですけど……だからと言って、何もせずにいたら別の男に取られてしまうかもしれないって思って、それは嫌だって思ったんです。だから、約束……婚約だけでも出来ないかと思って、王室に貴女への求婚の意思を伝え、見合いをしたいと申し入れました」
「そ、う、でした……か」
ラリマール様の言葉が続く度に、彼の体が前のめりになっていっている気がする。じわり、じわりと詰まっていく距離が私の心臓をこれでもかと打ち鳴らして……ああ、とうとう、ラリマール様は椅子から立ち上がってしまった。
「決して、貴女の進学や実習や勉強の邪魔はしません。全力で応援します。それ以外の事も、意思を出来得る限り尊重します」
ブルーの瞳が近づいてくる。彼の体も近づいてくる。距離が縮まるのに反比例して、私の鼓動はどんどん増えていく。
「だから、俺と結婚して下さい……勿論、今は婚約者で大丈夫なので……」
私は座ったままだから、彼のブルーは降り注ぐような形になった。懇願するような、哀願するような瞳が、それでも懸命にきらきらと希っている。
「……私にも立場があるので、ここですぐに返答をする事は出来ません」
こんなにも純粋な瞳に向かって、不誠実な事は言えなかった。私はこの国の第二王女だから、結婚相手だってそう簡単には……自分の好きには決められない。
加えて、あの日からずっと自身に誓い続けてきた決意もある。それらを一時の感情だけで反故にして、自分の感情のまま短絡的に答えを口にするのは無責任だ。
「検討はしてもらえますか、前向きに」
「……検討する事は、お約束します」
それならば約束出来るので、その部分だけ了承を告げる。すると、ラリマール様の表情は明らかに安堵したようなものになった。
「あと、あの……」
「はい?」
「検討して頂いている間でも、こうしてお会い出来れば嬉しいのですが……どうでしょうか」
「……予定が合った際には、ぜひ」
そのくらいは許してほしい。そんな言い訳めいた事を心の中で呟きながら、ラリマール様へと返答した。