「お手伝い頂きありがとうございます。一人でこの量を探すとなると流石に大変だったので助かりました」
「いいえ。図書館には私も用がありましたから」
とある休日、参考書を借りに王立図書館へ行く途中でラリマール様に会った。偶然の出会いを喜びつつ彼に話しかけると、教授にお使いを頼まれたのだと言って……二十冊近くの文献のタイトルが載ったメモを持っていたので、手伝いを申し出たのだ。
「王女様、今からはお時間ありますか?」
「今日の用事は夕方からなので大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。近くに美味しいサンドイッチの屋台があるので、ご馳走したくて。研究の合間に食べるのに丁度良いんですよ」
「サンドイッチですか」
一瞬だけ大丈夫だろうかと迷ったが、ラリマール様ご自身も伯爵家のご子息という立場だ。貴族身分である彼がこのサンドイッチをいつも食べているというのならば、万が一の可能性は少ないだろう。
「具材はどんな種類があるのですか?」
「色々ありますよ。よくあるエッグやシーチキン、ボイルソーセージもありますし、シーフードやチキンやハムもあったかな。カスタマイズ出来るので、俺はいつもエッグとシーチキンとハムをマシマシに盛ってもらいます」
「……なかなかボリュームがありそうですね」
私はシンプルな方が好きなので、具材は一種類にしておこう。そんな事を考えながら歩を進め、例の屋台にやってきた。ラリマール様と共に列に並んで、メニュー表を眺めながら自分の番を待つ。
「おうじょさま!」
「フローライトさま!」
「こんにちは!」
前に並んでいた少女達が私に気づいたらしい。三人お揃いの格好で同時に頭を下げてくれたので、こんにちはと返事をする。顔立ちも似ているので、三姉妹だろうか。
「おうじょさまもサンドイッチ食べるの?」
「ええ。でも、どれも美味しそうで迷ってしまって」
「それならエッグがおすすめです!」
「シーチキンが美味しいです!」
「シーフードがいちばんです!」
三者三様の答えが返ってきたので、どうしたものかと思案する。流石に全てを纏めて食べるのはボリューム的に難しいだろうが、無下にはしたくない。
「王女様が大丈夫でしたら、三種とも頼んで分けますか? 店員に言えばカットしてもらえますよ」
「私は大丈夫ですけど、ラリマール様は宜しいのですか? 確か、いつも食べている組み合わせの具材があると」
「今日は夜まで研究室に缶詰なので、元々二食分買うつもりだったんです。毎回同じ具材でシーフードは食べた事がないので、丁度良い機会ですし」
「それなら、お願いしても良いですか?」
そうお願いすると、ラリマール様は笑顔で頷いて下さった。ありがとうございます、とお礼を告げた後で、視線を感じたのでそちらを振り向く。
「そちらの方はどなたですか?」
「もしかして、おうじょさまのこいびとですか?」
興味津々と言った雰囲気の瞳を向けられ、私の顔が一気に耳まで赤くなった。上手く答えられないでいると、少女達はやっぱりそうなんだと言ってはしゃぎ始めてしまう。
「残念ですが、恋人ではないんですよ」
浮き立った空気の中に、冷静な声が割って入った。えーっと不満顔の少女達の傍で、私の心は冷や水を浴びせられたみたいに冷たくなっていく。彼は事実を言っただけで、何も間違ってなんていないのに。下手に肯定されても困るくせに、自分勝手にショックを受けて落ち込むなんて。
「ですが、俺が王女様に結婚したいとお願いしたのは事実です」
「ラリマール様!?」
「今はお返事を待っている所なので、どうぞ内密に願いますよ」
「分かった!」
「応援してる!」
再び瞳を輝かせた少女達が、めいめい口々に返答する。直後、注文の順番が回ってきた彼女達は、挨拶もそこそこに店員と会話を始めだした。
「……ありがとうございました」
「お礼を言われるような事では」
「いえ……見習わないといけないなと、反省したところです。ラリマール様は余裕のようでしたので」
いついかなる時も、王女として冷静に落ち着いた言動と行動を。気を付けてやっているつもりだったが、まだまだ修行が必要らしい。
「余裕に見えたのならば僥倖です。事実を伝えるだけの筈なのに、実際は心臓が口から飛び出るんじゃないかと思いましたよ。この言葉、比喩表現としては思っていた以上に的確な言葉だったんですね」
そんな事を言われたが到底信じられなかったので、抗議の意味を込めて彼の青い瞳を覗き込んだ。じっと見つめているうちにこちらの心臓もばくばくと煩くなってきたが、何とか気合で耐える。
「……俺の顔に何か?」
「いいえ。何も表れないからこそ見ていただけです」
「そう、ですか……」
たどたどしく答えぽりぽり頭を掻いているラリマール様の頬が、はっきりと赤く染まっている。そんな彼の事を、何の躊躇いもなく可愛いなと思ってしまった。
***
「この辺は人通りが多いですから、中庭の方へ行きましょうか」
せっかく屋台のサンドイッチを食べられるのだから、出来立てを味わうに越した事はない。そんな訳でラリマール様に提案すると了承の返事をもらえたので、もう一度図書館の中へ引き返し建物の中から中庭へ出た。すると、丁度良い場所にベンチを見つけたので、二人並んで座る。その後で、切り分けてもらったサンドイッチを早速一口食べた。
「美味しい!」
「へえ、シーフードはこんな味なのか」
「エッグはマヨネーズと和えているのですね……でも、それ以外にも何か入ってる……?」
「スパイスを何種類か入れてるとは聞きました」
「なるほど」
会話しながら、残りのサンドイッチも食べ進めていく。エッグは比較的こってりした味付けだったが、シーチキンは塩胡椒だけのシンプルな味付けだったようでさっぱり食べられた。この二種類をセットで食べようと思う人が多いのにも納得だ。
エッグもシーチキンもあっという間に食べ終えてしまったので、最後のシーフードを頬張り始めた。ラリマール様はもう全て食べ終えたらしく、一緒に買ったお茶をごくごくと喉を鳴らしながら飲んでいる。彼を見ていたら私も喉が渇いてきたので、隣に置いていたお茶を手に取った。
(……何かしら? 今)
図書館の中庭は広く、一部が森のようになっている。そんな緑が集まる中に鮮烈なレッドが見えた気がしたのだ。レッドの服を着ているのか、レッドの髪か……この国でそんな色の髪となると、候補は限られる。
「王女様? 大丈夫ですか?」
「ラリマール様」
「顔色が悪いですよ。医務室で少し休ませてもらって……ん? 森がどうかしましたか」
失礼を承知で、彼の言葉を遮り森の方を指さした。不思議そうに首を捻りつつも、彼は森の方へと視線を向けてくれる。
「……あれは」
「レッドが見えますよね?」
「見えますね。位置からして……あれは髪かな」
「やっぱり……」
この国では、ブロンドやブロンズ系が一般的な髪色だ。私の髪がミントグリーンなのも特殊な部類ではあるのだが、姉さまのレッドもそれに近い。王族には政略結婚等で外国の血が入る事もそれなりにあるので、隔世遺伝や突然変異が起こりやすく特殊な色が出やすいのだろうと推測している。
「もう一人いますね」
「え? 本当ですか?」
「はい。レッドの左隣にブロンズが見えます。短髪に白いシャツ、あの背丈……確証はないですが、恐らく男性かと」
そう言われたのでもう一度森へ視線を向けると、木の陰になって分かりづらいが確かにブロンズの頭も見えた。その後で、揺れたレッドの隙間から見慣れたドレスも現れる。間違いない、森の中にいるのは姉さまだ。
ふいにレッドが途切れた。レッドがホワイトに遮られて、ブロンズに近づいて……ぴったりと、寄り添うように二つの色が重なった。
「……っ!」
目の前の光景が信じられなくて、私の手の中からお茶が滑り落ちる。体から力がふっと抜けて、視界がぐらりと回った。
「王女様!」
私の体が地面に叩き付けられる前に、ラリマール様の腕によってベンチの上に引き戻された。そのまま彼の方へと引き寄せられて、彼の肩に額を預けるような体勢になる。
「大丈夫ですか? 歩けそうなら医務室の方へお連れします」
「いえ……このまま少し休めば……」
「座っているより、横になった方が休めると思いますよ」
「まだ動けそうにありませんので……済みません」
踏み出そうと思っても、足に力が入らない。足を動かすため力を入れようと意識しているのに、どうして、何故、という動揺とも悲しみともつかない感情が脳裏を支配する。
「……こちらこそ申し訳ありません。俺に、貴女を運べるだけの筋力があれば」
「気になさらないで下さい。居て下さるだけで……一人ではないだけで、心強いです」
彼の服の裾を掴んで、額を預けたままそんな弱音を口にする。ラリマール様は一言そうですかと呟いた後で、落ち着かせるように私の背をさすってくれた。
姉さまの幸せを、何よりも願っていた筈なのに。
ここまでショックを受けている自分が、情けなくてたまらなかった。